濱農浪漫

このコーナーでは、横浜で頑張っている農家さんを紹介していきます。

永島太一郎さん 金沢区釜利谷東

永島太一郎さん 金沢区釜利谷東

金沢区釜利谷東にある「永島農園」は、500年以上続く老舗農家。結婚を機に永島家へ婿入りした永島太一郎さんは、就農にあたり限られた農地でも生産性を高められる品目を模索する中で、シイタケとキクラゲの菌床栽培に着目しました。現在は2棟・約400平方メートルのハウスで、シイタケの「大峰」1万3000個、キクラゲの「アラゲキクラゲ」7000個を手がけています。一般的に菌床栽培は遮光性の高い環境で行われることが多いですが、同園では農薬や肥料を使わず太陽の光を浴びせて育てるのが特徴。自然に近い環境で栽培したものは、「おひさまシイタケ」「おひさまキクラゲ」の商品名で親しまれています。

永島太一郎さん 金沢区釜利谷東

近隣に農家が少ないからこそ地域と共存できる農園でありたいと考える永島さんは、先進的な農業に取り組む他、食農教育や農福連携にも力を入れています。自宅直売所やJA「ハマッ子」直売所などで販売する加工品も、地元企業との連携から生まれました。シイタケやキクラゲを粉末化して各社に提供し、つくだ煮やパスタキットの他、干しシイタケ粉入りのキャラメルポップコーンといった変わり種まで、50品以上を販売してきました。多彩なラインアップは農園の話題づくりにもなり、地域とのつながりをさらに広げています。

永島太一郎さん 金沢区釜利谷東

永島さんが新たに力を入れているのが、「カブトムシを使った廃菌床の再利用」です。仕組みは使い終えた菌床を土状に砕いて発酵させ、カブトムシやクワガタの幼虫の餌にするというもの。幼虫のふんには栄養が豊富に含まれ、堆肥として再び栽培に生かすことができます。今年5月からは資源循環の仕組みを周知するため、園内でヘラクレスオオカブトなど約20種類の昆虫と触れ合えるイベントを始めました。敷地内に古くから残る洞窟防空壕をリノベーションし、探検気分を味わえる空間を演出。収穫体験に訪れた人たちからも好評で、都市農業だからこそできる楽しさを多彩に伝えています。

小間一貴さん 泉区上飯田町

小間一貴さん 泉区上飯田町

境川に沿って多くの農地が点在する泉区上飯田町にある小間園芸は、「生産者の顔が見える野菜づくり」をモットーに約1.5ヘクタールの畑で年間25品目・40品種の野菜を生産しています。園主の小間一貴さんは、就農から5年で父から経営を引き継ぎ、環境の変化に合わせて試行錯誤を重ねながら消費者に喜ばれる野菜作りに励んでいます。小間さんが就農したのは平成28年。以前は運送会社に勤務し、多忙な日々を送っていました。農業を手伝う時間は持てておらず、就農のタイミングを迎えた時、「農作業の経験がない上に、自分が経営者になることに不安を感じた」と、決断までに時間を要したといいます。

小間一貴さん 泉区上飯田町

就農後は父と共に農作業に当たり、知識や技術を習得。一方で、「基本的に父は『自分なりの方法でやってみなさい』というスタンスだった。経験の浅さから、たくさん失敗もしてきた」と振り返ります。しかし、数々の失敗は小間さんにとって“成長の糧”に。刻一刻と環境が変化する中、「失敗を恐れずにとにかくやってみよう」といち早く行動に移せることが大きな強みになりました。父から経営移譲された1年目にはコロナ禍で経営のピンチを迎えることに。市営地下鉄・立場駅前で開く直売が主要販路だったものの、駅前を往来する人が激減。「何か手を打たなければ」と、新たに始めたのが自宅での直売でした。

小間一貴さん 泉区上飯田町

自宅直売のスタート当初は、オンラインショップで事前注文を受けた野菜の詰め合わせを受け渡す仕組みに。車で遠方から訪れる人も多く、売り上げの確保につながりました。その後も運営は安定し、現在は毎週火・木・土曜日に営業。販売を担当する女性従業員が来店客と積極的にコミュニケーションをとり、小間さんにフィードバックします。これにより、売り手や消費者側の意見と、生産者としての考えに違いがあることに気付くといい、「品ぞろえや品質などに対する声は大切にしている。わざわざ足を運んでくれるお客さんをがっかりさせたくない」と、より一層生産意欲が高められています。小間さんは、消費者の家族構成やライフスタイルに合わせた野菜づくりを心がけ、地域住民の食を支えています。

荏原直弘さん 港北区高田町

荏原直弘さん 港北区高田町

「荏原花園」は、昭和55年ごろから温室での花苗生産を始めました。目の前には小学校、周囲には住宅街が広がる立地を生かし、直売を主力にしています。現在、経営を担うのは荏原直弘さん。父や仲間に支えられながら挑戦と失敗を繰り返し、見出した「自分流」で園のさらなる発展を目指しています。暖かな陽気になった3月下旬。色とりどりの花が咲き始めたハウスの中には、丁寧に生育状況を確認する荏原さんの姿がありました。祖父の代は養鶏、父・正和さんの代で花き栽培へと転換し、現在は「荏原花園」の2代目園主として花作りに励んでいます。春と秋冬を彩る花苗と冬のシクラメンを中心に育て、市場出荷と直売で地域に花のある暮らしを届けています。

荏原直弘さん 港北区高田町

ガラス温室5棟で春はニチニチソウやペチュニア、秋冬はパンジー・ビオラなど約15種類、5万ポットを超える花苗を生産し、冬の主力商品のシクラメンは60品種、5200鉢を栽培。春先は市場出荷が中心ですが、シーズン中は自宅敷地内での直売も行い、地域の人が気軽に花を手に取れる場を創出しています。注力するのは30代から一人で任されるようになったシクラメン。最初の2年ほどは思うようにいかず、失敗も経験しました。それでも父は細かく指摘することなく、静かに見守ってくれたそうです。「自分で考え、試行錯誤する時間をもらえたことがありがたかった」と荏原さん。3年目からは徐々に成果が出始め、管理の仕方を自分なりに工夫し、〝大きさ〟という付加価値が付いたシクラメンができるように。花苗は父と役割分担しながら作業を進めています。

荏原直弘さん 港北区高田町

同園では地元小学校で花についての出前授業や、学校からの依頼を受けて保護者と校内に花苗を植える活動にも取り組んできました。直売に関しては来店客からの声を反映した寄せ植え体験の実施など、花をより身近に楽しめる場の提供も視野に。近隣に果樹や野菜農家が多く、同世代もいる環境を生かし、「皆で連携すれば、新しい形で地域を盛り上げる企画も生まれる。実現できれば面白い」と、将来も見据えています。今、期待を寄せるのは来年に開催を控える「GREEN×EXPO 2027」。県内の農家と共に会場を彩るパンジー・ビオラの出荷者として協力する予定です。「大きなイベントに携われることは、やりがいになる。市内の花と緑がより注目されるために、仲間と共に盛り上げていきたい」と前を向きます。

宍倉克弥さん  金沢区柴町

宍倉克弥さん  金沢区柴町

間近に海が広がる金沢区の柴農業専用地区。八景島や東京湾、遠くに房総半島を望む小高い丘には、整然と区画された農地が連なります。宍倉克弥さんはここでかんきつや露地野菜を栽培し、漁業との二足のわらじを履きこなしています。JA金沢支店の農産物品評会では上位入賞の常連。昨年度も温州ミカンが「果形や大きさ、着色がそろい、風ずれ、黒点病もなくきれい」と高く評価され、首席の「金沢区長賞」に輝きました。「剪定(せんてい)や摘果など、基本的な作業に手間を惜しまなかったのが良かったのかな。今シーズンは雨が少なかった分、ミカンの甘さが増したようにも思う」。宍倉さんはそう言って、シーズンを振り返りました。

宍倉克弥さん  金沢区柴町

柴地区は古くからの漁師町ですが、30年余り前、集落を取り囲む丘で土地改良事業がスタート。広大な農地が整備され、温暖な気候を生かしたかんきつの栽培も推奨されました。漁師専業だった宍倉さんも「早香」や「ポンカン」などの苗木を植え、半農半漁の暮らしをスタート。「魚を獲ることにかけてはベテランでも、農業は皆1年生。だからこそ、共に助け合い、成長していこうという思いがおのずと高まっていた」。漁の合間の限られた時間を惜しむように畑に立ち、互いの園を行き来し、参考書を開いては木の生長を見守りました。一方でJAの営農技術顧問を迎えて講習会を設け、栽培技術を身に付けてきました。

宍倉克弥さん  金沢区柴町

「作るからには人に負けない良いものを」と心がける宍倉さん。経験を糧にした改善努力にも余念がありません。昨年は夏の猛暑と日照りで多くの果実が日焼けを起こしました。「これまで摘果では日当たりの良い実を生かすようにしてきたが、少し葉に隠れるくらいの実を残したほうが良いのかもしれない」。今年の摘果では、さっそく試してみたいといいます。初めて苗木を植えてから30年近く。5.5アールの果樹園では現在、「温州ミカン」をはじめ「早香」「ポンカン」など5品目・18本が育ちます。温州ミカンのうち7本は早香に接ぎ木したもの。11月から収穫でき、種もないため観光農園としての需要にも応えやすいと決断しました。「思い切って接ぎ木をしてみたが、こちらの方が甘みも強い。挑戦してよかった」。

小川名智史さん 旭区下川井町

小川名智史さん 旭区下川井町

植木業を営む有限会社番場園の代表・小川名智史さんは、妻の舞さんと共に個人宅の庭造りをする一方で、旭区内で唯一の植木、枝物、切り花を生産しています。高校卒業後は、運送会社に10年間勤務していましたが、30歳を目前に家業を継ぐことを考えるように。退職後は、鶴見区にある神奈川県東部総合職業技術校の造園コースに1年間通い、造園の基礎知識や庭木の剪定方法などの実務を学びました。現在は地元の個人宅やマンション、企業の庭造りを担います。顧客の要望と暮らしやすさを重視し、1件1件丁寧に対応。1戸あたり10日間をかけて完成させます。

小川名智史さん 旭区下川井町

同園では、庭造りの依頼が落ち着く1~4月を中心に、1ヘクタールで年間50品目の植木と80品目の枝物・切り花を生産しています。植木や枝物は苗から出荷ができるようになるまで、3~5年かかるものがほとんどです。樹木の性質に合わせて施肥や防除の時期を調整。枝物用のハナモモは、出荷の約10日前に切り出し、日光が当って葉が増えるのを防ぐため、遮光カーテンを付けた温室に保管します。2年半前、舞さんの育児がひと段落して本格的に家業に携わるようになったことを機に販路を拡大。個人客にも市内産の枝物と切り花を届けたいと思い、JA「ハマッ子」直売所メルカートつおか店やメルカートきた店への出荷を始めました。

小川名智史さん 旭区下川井町

舞さんは、直売所での出荷開始と同時にインスタグラムを開設し、直売所情報や花枝の色鮮やかな美しさを発信しています。区内にある飲食店では年1回、ワークショップを実施。舞さんが講師としてスワッグ作り体験教室などを開き、地域住民に花枝の魅力を体感してもらいます。インスタグラムやワークショップを始めたことで、新たなつながりも生まれました。ワークショップ参加者の依頼で市内のマルシェで花材や作品を販売。近隣の農家や園芸店との関係も深まり、昨年11月には茅ケ崎市で開かれた「ボタニカルショー」に共同で出店し、活動の幅を広げています。地域とのつながりを生かした取り組みで、家業を夫婦で受け継いでいきます。

城田朝成さん 都筑区折本町

城田朝成さん 都筑区折本町

都筑区を代表する野菜の一つ「小松菜」の周年栽培に取り組む城田朝成さんは、JAが開く野菜立毛品評会では度々上位入賞し、高い栽培・管理技術を誇ります。元々、城田家では小松菜とホウレンソウを生産していました。「30年以上前の話だが、年末用の小松菜は1束500円。2、3日で会社勤めの月給を超えるほど良い値段が付いていた」。当時、城田さんは親戚が経営するガソリンスタンドに勤務していましたが、「農家の長男である以上、いずれは家業を継がなければ」との思いがあり、価格が好調なことも契機となって20代でUターン就農しました。この頃、地域内には同年代の後継者が多く、仲間の存在が城田さんの農業人生を支えになったといいます。

城田朝成さん 都筑区折本町

現在は、東方農業専用地区や折本町にある畑と温室4棟の計80アールを管理。青果で出荷する品目は基本的に小松菜のみで、この他に加工用のダイコンと自家消費用の果樹や野菜を育てています。販路はJA「ハマッ子」直売所5店舗とJAの一括販売、学校給食が1校。以前は全量を市場に出していましたが、同直売所都筑中川店(現・センター北店)の開店を機に直売所出荷を開始。徐々に店舗数を増やすと同時に個人での市場出荷をやめ、主要販路をJAにシフトしました。栽培品目はホウレンソウをやめ、手間がかからず周年で栽培できる小松菜1本に絞ることに。結果的に収益も上がり、安定経営につながりました。

城田朝成さん 都筑区折本町

栽培管理を一人で担う中、作業の効率化は最も重要な要素で、品種の選定でもこれを意識します。現在、夏は「春のセンバツ」、冬は「さくらぎ」を採用。どちらも茎葉が真っすぐに生長するという特徴があります。「茎葉が横に広がると、収穫して束ねるのに時間がかかる。茎を曲げると傷みの原因にもなるため、『真っすぐ育つ』ことは効率的にも品質的にも良い」と話します。葉の色や照りといった見た目と食味に優れていることも大切なポイントです。品質の高い小松菜を生産するため、毎年土壌診断を受けたり、年に1度は必ず深耕ロータリーで畑を耕して排水・保水性を高めたりと、環境づくりにも余念がありません。城田さんは、近年の気候変動にも柔軟に対応しながら、見た目も味も優れた小松菜を作り続けています。

岩崎淳一さん 戸塚区平戸町

岩崎淳一さん 戸塚区平戸町

JR東戸塚駅から徒歩10分ほどの距離にある「平戸果樹の里」。高層マンションや住宅が立ち並ぶ小道を抜けると見えてくる平戸農業専用地区内で8戸の農家が果樹栽培に取り組んでいます。直売やもぎ取り体験で横浜産果実の魅力を発信。岩崎農園の園主・岩崎淳一さんもその一人。横浜という立地、果実の鮮度と大きさを武器に発展させてきました。〝梨は大玉、ブドウは大粒〟を追求し、毎年の生育状況は就農当時から栽培ノートに書き記しています。見返しすぎて茶色に変色しているものも。「園で築いてきたものを守っていくために日々、技術を探究している」と歩みを進めています。

岩崎淳一さん 戸塚区平戸町

岩崎さんは30代最後の年にUターン就農を決め、県立かながわ農業アカデミーに1年間通いました。そこで農業の師となる担当講師と実習先の先輩農家の2人と出会い、果樹栽培の重要な基盤を作りました。卒業後すぐに父から園を引き継ぎ、現在は55アールで「浜なし」「浜ぶどう」「浜柿」「浜みかん」を栽培。近年はブドウの需要が高いことを考慮して栽培規模を広げる計画を練っています。主力品種「藤稔」だけでなく「種なしで皮ごと食べられる品種がこれからの主流」と話し、シャインマスカット系品種の栽培にも注力。3月までに梨畑の一部を市の事業で一度更地に戻さざるを得なくなっており、収益化までが早いブドウへの切り替えが最良の手段だと考えたそうです。

岩崎淳一さん 戸塚区平戸町

岩﨑さんは週1~2回、かながわ農業アカデミーの非常勤講師として未来の担い手育成にも携わり、「自主性が大切だが、自分が教えることで成長する近道をさせたい」 と経験を余すことなく伝えています。勤務して8年。卒業生とは今でも交流を図っています。 栽培管理の助言を求められることが多いそうですが、近況報告で刺激を受けることもしばしば。忙しい中でも講師を続けているのは師匠と仰ぐ2人への感謝の思いが大きく、成長の糧にしています。「横浜の果樹栽培を盛り上げたい。近年は先輩たちの力でさまざまな企業との商品化が進み、注目度が増している。JAの果樹部員としてブランドの維持に貢献していくことが自分の役目」と前を向きます。

安西竜樹さん  泉区和泉町

安西竜樹さん  泉区和泉町

かながわブランドに登録されている「横浜キャベツ」。JA横浜共販キャベツ部会に所属する77戸の農家が、春と秋の2シーズンにわたり栽培に当たっています。安西竜樹さんは、このブランドキャベツの栽培に取り組む、部会でも屈指の若手です。就農わずか3年目ながら90アールにおよぶ畑を作付け、秋は10月下旬から連日、収穫作業に励みます。収穫したキャベツは10キロを目安にその場で箱詰めしてJAの集出荷場へ。ピークの11月には200ケースを出荷する日もあるそうです。品種をリレーしながら年末まで収穫を続けるという安西さん、1シーズンの出荷量は3000ケースに上るといいます。

安西竜樹さん  泉区和泉町

安西さんは中学生の時に父を病で失い、その後祖父も他界。大黒柱を失った安西家の広大な耕地の経営は、母と祖母が担うことになりました。しかし重労働の多い畑の管理作業は女性には負担が大きく、やがて手が回らなくなることも。畑の地力は落ち、キャベツのサイズもそろわなくなりました。そんな家業の厳しい現実を目の当たりにした安西さん。「自分が就農し、母や祖母を助けて経営を回復させたいと思った」。自らが後継者であることを初めて意識した瞬間だった、と振り返ります。大学卒業後は、県立かながわ農業アカデミーに通って実学を身に付け、志を同じくする仲間も得ました。アカデミーの仲間は何でも話し合える、農業人生の大きな財産だといいます。

安西竜樹さん  泉区和泉町

就農後は、JAの営農インストラクターに相談しながら地力回復に努めました。一方で作付け品目を見直し、これまでのキャベツ一本の経営を転換。端境期を活用し、共販出荷が行われない夏にトウモロコシとカボチャ、年明けにはブロッコリーが収穫できるよう新規に導入しました。JAの一括販売や「ハマッ子」直売所への出荷を通して新たな収入源の確保を目指します。そして近い将来、トウモロコシ畑を開放して収穫体験農園を始める構想も温めています。「今まで接点のなかった消費者とのつながりができれば、さらなる可能性も膨らむはず」。若き担い手は現状に留まることなく、挑戦を続けます。

志村さつきさん 青葉区荏田町

志村さつきさん 青葉区荏田町

横浜市青葉区と都筑区で、義母、娘の女性3世代で年間約30品目の野菜や果物を生産する志村さつきさん。少量多品目栽培をする中で、主力のイチジクは就農以来、特に大切にしている品目です。元々は義父の勇さんが露地で栽培していましたが、16年前にトマト栽培に使っていた施設を活用し、ハウス栽培へ切り替えました。現在は2棟のハウスで「桝井ドーフィン」を20本栽培。以前は一文字整枝をしていましたが、収量と作業効率を踏まえ独自の剪定を行います。都市農業ならではの出荷先までの近さを生かし、樹上で完熟させてから収穫するイチジクは、果肉が柔らかくみずみずしいのが特徴で、毎シーズン楽しみにするファンも多くいます。

志村さつきさん 青葉区荏田町

収穫した野菜や果物は、JA「ハマッ子」直売所たまプラーザ店などに出荷する他、毎週金曜日にはハウス横の直売所で販売します。自宅直売所には新鮮な野菜を求め、開店前から行列ができる人気ぶり。色とりどりの品が並ぶ中、店内のひときわ目をひく場所には、ケーキやあられなどの加工品が置かれています。「廃棄になってしまう野菜や果物で何かできないか」と考えていた志村さん。4年前、次女のえりなさんが就農したことを機に、本格的に加工品製造に着手。元々、出荷準備や物置として使っていた作業小屋の一部を衛生管理を徹底した加工調理場に一新し、規格外品を使った加工品の販売を始めました。

志村さつきさん 青葉区荏田町

地元農業の魅力を広く伝えるため、インスタグラムを活用したPRにも力を入れています。週2回ほどの発信で、直売のお薦めや旬野菜の簡単レシピ、農作業風景を発信。ひそかな人気は看板ヤギ・コナンくんの投稿で、投稿を見て「会いに行きたい」というフォロワーも多くいます。主婦目線の情報発信が共感を呼び、来店客層はこれまで年配の常連客が中心でしたが、若い主婦層や投稿を見て訪れる地域住民も増えました。横浜農業の魅力を幅広い世代に知ってもらい好きになってほしい———。「まずは『地元にこんな農産物があるんだ』『新鮮な野菜ってこんなにおいしいんだ』と思ってもらえたらうれしい」。地元愛を胸に、歩みを進めていきます。

河瀨裕輔さん 港南区日野

河瀨裕輔さん 港南区日野

令和5年に農外から就農した河瀨裕輔さん。専門学校卒業後、農業とは無縁の映像制作会社に15年間勤めていました。農業の道を志すきっかけとなったのは、平成23年に発生した東日本大震災。「流通が滞るなど、日本中で混乱が生じた。生きていく上で最も重要な『食』に対し、自分の無力さを感じた」と当時を振り返ります。この頃から農業の勉強を始めましたが、退職の決断ができずにいました。その後、新型コロナウイルスの感染拡大により世界規模で物流や食生活に影響が出始め、「食べ物の輸入が止まれば私たちの食生活に問題が生じる。日本は農家の減少が進んでいるが、作物を作るポテンシャルはある。できる人がやるべき」と就農を決意しました。

河瀨裕輔さん 港南区日野

畑を借り、農家として歩み出した一方で、「親元就農」と「農外就農」の大きな差を感じることもあったといいます。親元就農の場合、農地や農機具などを先代から受け継ぎ、農業をするための環境が整っていることがほとんど。しかし、農外就農の場合は一から農地を探し、道具や機械なども自分でそろえなければいけません。「農地を借りられたとしても、好条件のところばかりとは限らない。作物を植えるための環境整備には苦労した」と話します。これに加え、地元農家から厳しい目を向けられることもしばしば。河瀨さんはJA組織への参加や地域との調和に重きを置き、地元農家との関係構築に取り組み、今では地域の一員として農業に励んでいます。

河瀨裕輔さん 港南区日野

現在、9カ所・92アールの農地を管理し、年間で26品目の野菜や米を生産。JA「ハマッ子」直売所メルカートいそご店などに出荷しています。特に力を入れている品目の一つが「ナス」。ナスの生育に合う水田に隣接する水が豊富な畑で栽培しています。食味の良さを重視しながら品種を選定。一般的な長卵型の品種の他、長ナスや白色と緑色のイタリア系品種も手がけます。「野菜のおいしさは鮮度と品種選びで決まると言っても過言ではない。自分がおいしいと思うものを作り、消費者の皆さんに届けている」といいます。有機質肥料を使うことにこだわり、減農薬にも取り組む河瀨さん。安全安心でおいしい農産物で、地域の食卓を支えています。

横山勝太さん 泉区和泉町

横山勝太さん 泉区和泉町

連日30℃を超える今年の夏。畑には猛暑を乗り越え、大きく育ったナスを収穫する〝横浜畑人〟の姿がありました。手際よく作業を進めるのは7年前に28歳という若さで横山農園の園主になった横山勝太さん。4歳で父を亡くし、祖父の背中を見て農業の道へ。就農を決めたのは高校入学後すぐ。将来を漠然と考えた中で、「脳裏に焼き付く小学生で体験したサツマイモ掘りや田植えの楽しさが農家に生まれたことを強く意識させた」と前を向きます。園のある泉区は地産地消への取り組みが盛んな地域。横山さんは地元農家と共に農業の魅力発信にも貢献しています。

横山勝太さん 泉区和泉町

現在、ハウスと露地合計で1・5ヘクタールをほぼ一人で管理。トマトを主力に約20品目を手がけています。「個性を出したい」と変わり種野菜も栽培。出荷はJA「ハマッ子」直売所数店舗や量販店、3年前には自宅近くで直売も始めました。変わり種野菜は一般的な野菜の色違いがほとんどで、味が想像できることや消費者の目を引きやすいことが利点。赤、紫、黄色、オレンジのトマトをはじめ、白色のニンジンや赤色のオクラがあり、店頭に並ぶとカラフルで映えます。「栽培して楽しく、売って楽しく、消費者が見て食べても楽しい」がモットー。目指すは皆を笑顔にする農園です。

横山勝太さん 泉区和泉町

挑戦は農作物以外にも多岐にわたり、平成30年には食の安全や環境保全の観点から市内で初めて国際認証を取得。(過去に認証を受けていた)「自分の部屋の片付けには無頓着だが、仕事に関しては整理整頓や作業をマニュアル化しないと気が済まない性格」と自身を分析し、数多くの審査項目をクリアして園を世界基準の安全な栽培環境に整備しました。一番力を入れるのは地元の「食」と「農」を次代につなぐこと。これまで、小学生向けの食農教育や給食への食材提供を通じてファンを増やしてきました。「今年から家族の意向でヤギを飼い始めたことで、消費者との交流が増えた」と横山さん。農業が身近な地域だからこそ、顔が見える農家として年々存在感を高めています。

若林美一さん 戸塚区東俣野町

若林美一さん 戸塚区東俣野町

戸塚区の畑で年間約20品目の野菜を手がける若林美一さん。就農して17年目を迎え、父と母と共に農業に励んでいます。春の主力であるトマトは父・文一さんが栽培を始め、現在は若林家を代表する品目です。有機肥料にこだわり、約4アールのハウスで連作を続けて53年目。連作障害を防ぐための土壌消毒は、ハウスを密閉して高温処理を行い、消毒剤と併用して麦をまきます。うま味が凝縮するよう、水は11月上旬の定植以降なるべく与えないように心がけ、完熟してからの収穫を徹底。JA横浜「ハマッ子」直売所本郷店などを中心に、多い日には一日200袋以上を出荷します。

若林美一さん 戸塚区東俣野町

若林さんは夏の主力作物として、エダマメ栽培にも力を注ぎます。就農当初、「父がトマトを始めたように、自分の代表作となる作物を育てたい」と考え、ネット記事などを参考に独学で試験栽培を始めました。品種を選ぶ際のポイントは、「自分が食べておいしいと思うもの」。茶豆風味が特徴の「おつな姫」と「夏風香」の2品種をリレー。約5年前まで4品種を作付けていましたが、品種によって肥料の調整や実の大きさ、味にばらつきが出てしまうため、現在の2つに絞りました。この選択で作業効率が上がり、生産量の増加や品質の安定にもつながりました。

若林美一さん 戸塚区東俣野町

直売所出荷を主軸とし、「顧客の記憶に残る野菜作り」にこだわる若林さん。JA直売所には多くの農家が旬の作物を納めます。同じ野菜が並ぶ中で来店客は“味„や“生産者名„で選ぶこともしばしば。だからこそ、名前を覚えてくれた顧客に対し「この野菜も若林さんなんだ」「珍しい野菜が増えてきたな」と思ってもらえるよう、少量多品目の栽培も意識します。これまでカブや小松菜などの定番野菜の他、モロヘイヤやカリフローレといった珍しい品目にも積極的に挑戦。品ぞろえを豊富にすることで顧客の需要に応えるだけでなく、他の生産者との差別化や直売所との関係強化にもなります。父から受け継いだトマト栽培に加え、多彩な野菜でファンを増やし、直売所のニーズに応える―――。新旧のバランスを大事にしながら、独自のスタイルで家業の発展を目指しています。

岩﨑良一さん 瀬谷区竹村町

岩﨑良一さん 瀬谷区竹村町

「2027年国際園芸博覧会(園芸博)」の開催を前に、町の景色が変わり始めている瀬谷区で露地野菜を手がける岩﨑良一さんは、就農20年目。当初は直売出荷を主軸に、年間30品目ほどを生産していましたが、両親が高齢になり、作業負担軽減のために15年前から市場出荷に移行しました。品目も年間10~15種類に絞り、1品目当たりの作付け量を拡大。市場での優位性を勝ち取るため、日頃から市場担当者やバイヤーからの情報収集を欠かしません。主力はラッカセイやニンジン、サツマイモなど。区内で唯一、小麦を生産しているのも大きな特徴です。

岩﨑良一さん 瀬谷区竹村町

多種多様な作物を手がける一方で、園芸博の区画整理時事業により農地が減少。元々3.5ヘクタールの畑と水田を管理していましたが、借りていた農地が使えなくなり、現在は1ヘクタールに。さらに、農地の整備が完了するまでは代替地での耕作を余儀なくされました。「代替地は傾斜のある畑や、元々は荒れ地だった場所もある。栽培計画の見直しや土作りなど、今は我慢の時」と話します。小麦の栽培にも影響が。収穫した小麦は横浜市内のビール会社に卸していますが、作付け量を減らさざるを得ず、収量は昨年の約半分に。それでも、地元産を待ち望む声に応えるため、努力を続けています。

岩﨑良一さん 瀬谷区竹村町

「生産量では地方にかなわない。都市農業ならではの強みを生かすことが重要」と話す岩﨑さん。生産・販売だけでなく、消費者が農に触れる場の創出にも積極的に取り組みます。地元小学校や区、町内会からの依頼で小麦やトウモロコシ、サツマイモの農業体験を受け入れています。体験の依頼は年々増え、農業に関心の高い人の多さを実感。営農環境が大きく変化し苦労もありますが、この状況を好機と捉えて「農業の良さ」を伝える機会を増やしたいといいます。消費者が身近な都市農業かつ、瀬谷区だからこそ実現できる農業とは――。岩﨑さんは将来を見据え、地元農業の発展を目指していきます。

石渡真帆さん、セバスティアンさん 青葉区あざみ野南

石渡真帆さん、セバスティアンさん 青葉区あざみ野南

閑静な住宅街の中にある大入農園の直売所「GREEN GROCER」。街の景観になじむカフェのような店内には彩り豊かで多品種の野菜が並ぶ他、隣接する畑では栽培風景も見られるのが魅力の一つです。横浜から1万キロメートル以上離れたアメリカ合衆国のニューヨークで出会った2人。一昨年日本に戻り、石渡家が代々守り続ける畑を受け継ぎました。経営する大入農園の信念は〝絶対に成功する〟。若き夫婦は失敗を恐れないポジティブな性格を武器に歩み始め、祖父母や両親、JA職員らに支えられながら一人前の農業者を目指しています。

石渡真帆さん、セバスティアンさん 青葉区あざみ野南

石渡家は5代続く工務店を営む兼業農家。就農以前は祖父母が畑を耕作していましたが、労力不足で継続が困難に。助けになろうと2人が立ち上がりました。昨年度はJA横浜の講座を受講し、同時進行で農作業や農園での直売も実施。順調に品目数は増やしましたが、屋外での販売は営業時間が天候に左右される課題も生じたそうです。解決策を模索して大工の父と一級建築士の母に直売所の新設を相談。両親は驚くほどのスピード感で直売所を設計・施工し、完成。昨年11月に念願のオープンを迎えました。

石渡真帆さん、セバスティアンさん 青葉区あざみ野南

これまで作ってきた農作物は50種類ほど。量販店に並ぶ一般的な品目だけでなく、カラフルダイコンやニンジン、ビーツやミントなどの海外原産のものまで幅広く手がけています。取材をした4月初旬は端境期の中でも、小松菜や芽キャベツ、サツマイモ、スティックセニョールの他、レモンが売り場を彩っていました。「消費者が食べてみたい、写真を撮りたいと思う物も用意している」と真歩さん。PR手段のSNSは、写真映えを意識して投稿するインスタグラムと、直売の具体的な情報を提供するLINEを使い分けて着実にファンの獲得につなげています。

廣木 健太郎さん 戸塚区

廣木 健太郎さん 戸塚区

廣木健太郎さんは、花の生産・販売をする「大黒園」の三代目。ガラス温室4棟とビニールハウス合わせて約20アールで、シクラメンをはじめとする鉢物や20品目に及ぶ花苗を栽培し、季節の彩りを市民に届けています。同園では先代以来、冬のシクラメンを主軸に春と秋には花苗を生産してきましたが、限られた労働力を効率的に配分していこうとシクラメンの作付け規模を見直し。ゆとりが確保できたところで、それまで手掛けていなかったマーガレットやガーデンマム、カーネーションを順次導入して取扱品目の拡大を図りました。

廣木 健太郎さん 戸塚区

廣木さんは東京農業大学を卒業後、花の卸売会社に就職しましたが、父・義典さんが体調を崩してしまい、急きょ家業に就くことに。病床の父から指示を受けながら、手探りで花栽培に奮闘するものの、病気や害虫の発生で収量を落としてしまうなど厳しい現実にも直面しました。そんな廣木さんにとって転機となったのが、県農業技術センターが主催するステップアップセミナー。シクラメン栽培に取り組む若手農業者たちと机を並べ、時には互いの圃場(ほじょう)を行き来しました。同じ志を持ち、世代も近い担い手とのつながりができ、何より心強かったと振り返ります。

廣木 健太郎さん 戸塚区

2年前、作り手がいなくなって空いていた隣接の温室2棟を買い取りました。ここでクランベリーやラズベリーなど、低木の果樹類を育てようと考えています。柑橘類も導入していく計画で、育苗から成木まで3年のサイクルで回していこうと構想を膨らませています。「季節が移ろう中で、まず花を楽しみ、そのあとは果実を味わってほしい。そんな花農家ならではの提案ができたら」と、廣木さんの思いは広がります。

大矢忠慶さん 泉区和泉町

大矢忠慶さん 泉区和泉町

半世紀以上にわたる歴史をもつ「大矢養鶏」。3代目の大矢忠慶さんは、平成31年5月に就農し、父・忠良さんと共に新鮮な卵を提供しています。鶏舎では、約1万羽の成鶏を飼育。鶏種は白玉鶏の「ジュリア」と「ジュリアライト」、赤玉鶏の「ボリスブラウン」で、1日で約550㎏(約9000個)の卵を生産しています。就農前は会社員として働き、農業とは無縁の生活でしたが「高齢の父に代わり、将来は自分が経営を支えなければ」と考え、26歳で退職。その後、北海道の短期大学に入学し、農業の知識やビジネススキルを学んだ他、現地の養鶏場で実践的な経験を重ねました。

大矢忠慶さん 泉区和泉町

忠慶さんが経営に携わるようになってからは、経理処理や販売方法、販路を見直しました。会社員時代の経験を生かし、原価や飼育にかかる費用をパソコン上で管理。これまで紙媒体で計算していた作業をシステム化して効率を高めました。JA直売所への出荷は、これまで1店舗のみだったものを複数店舗に。さらに、藤沢市の量販店に卸すなど積極的に販路を広げました。養鶏場併設の直売では、これまで3パックから購入可能という制限を設けていましたが、1パックからでも購入できるように改善。多くの人が商品を購入しやすくなり、販売数の増加にもつながりました。

大矢忠慶さん 泉区和泉町

忠慶さんが生産する卵は、黄身が指でつまめるほど新鮮で色が濃いのが特徴。令和6年2月にJAが開いた品評会では、最優秀賞と食味賞を受賞しました。出品にあたり、鶏に与える餌の配合内容に着目。黄身をより濃くする効果のあるパプリカを通常の2倍加えることで、濃度を1~2度高くしました。卵の評判は来店客からの口コミで広がり、現在は地元洋菓子店や中華料理店などの他に、区内小学校でも使われています。「ここの卵以外食べることができないという声を聞くと本当にうれしい。今後は市場出荷など販路拡大を目指していきたい」と忠慶さん。鶏卵のブランド価値を高め、より多くの食卓に届けるため努力を続けていきます。

長澤佑典さん 港北区新羽町

長澤佑典さん 港北区新羽町

平成25年からイチゴの栽培を始めた「ながさわファーム」の長澤佑典さん。きっかけは、妻・沙也加さんの「横浜でおいしいイチゴを作りたい」との思いでした。祖父の代では、小松菜の市場出荷を主力にしていましたが、長澤さんは就農を志した時から直売を視野に入れていたといいます。「直売を始めるにも、目玉になる作物が欲しかった。妻の希望もあり、イチゴを選んだ」と話します。近年、イチゴといえば観光農園のイメージが強いですが、長澤さんはあえて直売のみでの販売を選択。1シーズンに複数回直売を訪れる人も多く、お客とのより深い関係性を築いています。

長澤佑典さん 港北区新羽町

同園では今シーズン、7品種のイチゴを手掛けます。「紅ほっぺ」や「おいCベリー」といった定番の人気品種に加え、昨シーズンから神奈川県の独自品種「かなこまち」も導入。収穫適期の見極めや生理障害の対策など栽培管理は難しいものの、食味が良くお客からの評判は上々です。長澤さんは沙也加さんと手掛けるイチゴの他に、父・英雄さんと共に露地野菜も生産。年間約30品目を栽培し、イチゴハウスでの直売の他に11~1月に週2回、北新横浜駅近くの直売所で販売しています。特にこだわるのは、彩りの豊かさ。一般的な品種に加え、カラフルなダイコンやニンジンなども用意し、地元消費者に喜ばれています。

長澤佑典さん 港北区新羽町

長澤さんは大学卒業後の2年間は「誰かに何かを伝えたい、教えたい」との思いから、塾講師として勤めていました。就農後もこの思いは変わらず、5年前から食農教育活動に取り組んでいます。港北区内の法人が開く農作業体験イベントや小学校での出前授業など、活動範囲は多岐にわたり、地元農業について農家としてのメッセージを伝えています。こうした経験を積む中で、「子どもだけではなく、子育て世代の食・農に対する意識を変えるためには、親子で農体験ができる場を作ることが重要」と考えるように。その入り口として、昨年から新たな食農教育の場としてイチゴ狩りの受け入れに踏み切りました。長澤さんは農産物の「生産・販売」だけでなく、「教育」も視野に入れ、地元農業を盛り上げています。

石井喜明さん 栄区長尾台町

石井喜明さん 栄区長尾台町

昭和初期、鎌倉郡豊田村に属していた栄区長尾台町。その名残から石井喜明さんを含む同町7戸の農家が栽培する野菜は「鎌倉野菜」と呼ばれています。販売先は主にJR鎌倉駅近くの鎌倉市農協連即売所。常連の間では「レンバイ」の愛称で親しまれています。1世紀近い歴史があり、石井家も立ち上げ当初から3世代に渡り支えてきました。1日に出店するのは5戸ほどの農家。鎌倉市と長尾台町の21戸を4班に分けて日替わりでシフトを組み、販売できるのは自ら育てた農産物とそれを加工したものだけ。早いと昼には売り切れ、閉場する日もあります。

石井喜明さん 栄区長尾台町

石井さんは現在、80アールの畑をほぼ一人で管理し、レンバイの支度や販売には母と妹も加わります。収量は祖父や父と作業していた頃の約半分ですが、栽培品種は絞り込んだ今でも150以上はあるそうです。レンバイは1月1日から4日以外は無休のため、端境期を作ることは許されません。播種・定植と収穫は常に同時進行で実施し、栽培時期も寒さや暑さに捉われないことが重要に。「基本的にセオリーは無視し、作ってみて良いものができるかを自分の目で判断する」と話します。

石井喜明さん 栄区長尾台町

レンバイは季節によって変動しますが、35から50種類の野菜が売り場に並びます。取材をした11月中旬は秋冬野菜が充実し始めていました。キュウリやナスでも数品種、水菜やカブも色違いのものがあり、中でもダイコンは赤、白、黒など10品種にも及び、目立つ場所に置かれた四角豆やオレンジズッキーニは「どうやって食べるの」と声をかけられ、客との会話のきっかけになっていました。「保存方法や食べ方まで伝えられるのが相対する強み。インターネットでは調べられない農家ならではの情報を付加価値だと感じてほしい」と目を輝かせます。

渡邊敏彦さん 保土ケ谷区上菅田町

渡邊敏彦さん 保土ケ谷区上菅田町

起伏に富んだ地形の保土ケ谷区上菅田町。住宅地や雑木林に囲まれた、緩やかに傾斜する畑で、渡邊敏彦さんは市場出荷に向けて年間15品目の露地野菜を生産しています。土作りに注力した丁寧な栽培で質の良い品を作り続け、きた地区JAまつり農産物品評会では出品された中で最高位に与えられる「神奈川県知事賞」を受賞するなど、上位入賞の常連になっています。

渡邊敏彦さん 保土ケ谷区上菅田町

「野菜作りは土作りから」との思いで、緑肥の活用に力を入れています。ブロッコリーやキャベツの畑では植え付け前にソルゴーを育て、生長したら畑にすき込んで栽培に適した土に仕上げていきます。「ソルゴーには雑草や病害虫の発生を予防する効果があるので、減農薬にもつながります」。手をかけ、時間をかけて作り上げる畑。そんな豊かな大地から作物の芽が一斉に噴き出す瞬間、渡邊さんの心は強く躍ります。野菜の生命力と、それを支える土の力にわくわくした期待が膨らむそうです。

渡邊敏彦さん 保土ケ谷区上菅田町

定年でUターン就農した渡邊さんは、「第2の人生を楽しもう」との思いで農業と向き合っています。「相場に一喜一憂することなく、自分が納得できる作物を育てることに専念したい」。一方、市場出荷の品目とは別にアスパラガスやパクチーなども育ててきました。「同じ品目を毎年繰り返し作るだけでは物足りない。ちょっと違う野菜を育ててみれば、気分も変わる」。販売目的の栽培から離れ、菜園を楽しみます。「今度は温床栽培でメロンに挑戦してみようかな」。趣味としての野菜作りにも夢が広がります。

村田 幸一さん 都筑区東方町

村田 幸一さん 都筑区東方町

都筑区の畑で年間70品目の露地野菜を生産する村田幸一さん。20歳の時に就農し、父・妻と共に農業に励んでいます。現在、畑仕事のほとんどは村田さんが担います。主力の小松菜は通年で栽培し、「いなむら」や「みなみ」など5品種をリレー。また、夏はトマトやナス、冬はダイコンやハクサイなど多品目栽培にも力を入れます。5年前に父と作業内容を明確に分けたことで、村田さんも経営の一部を任されるようになりました。父に「好きなことをやってみな」と後押しされ、小松菜専門の生産形態から少量多品目栽培に着手。今の営農スタイルを築き上げました。

村田 幸一さん 都筑区東方町

現在生産する野菜は、区内レストランや地元小学校の学校給食用に出荷しています。村田家では父の代まで、市場出荷に力を入れていましたが将来を見据えて販路を見直し。市営地下鉄・センター南駅前にある「イタリアンバル バンビーノ」との契約出荷を結びました。きっかけは、妻の美里さんがランチで訪れた際の気付き。「オープンして間もないから、仕入先を探しているのではないか」と村田さんに勧めました。後日、店主に声を掛けたところ話がトントン拍子に進み、新たな販路を確立しました。店との直接取引のため、価格が安定。規格外品などの廃棄ロスも削減できました。

村田 幸一さん 都筑区東方町

 「子どもたちに地元の野菜をおいしく食べてもらいたい」という思いから、食農教育活動にも積極的に取り組みます。3年前、地元小学校で行う収穫体験の依頼を受けたことが始まり。翌年には、先輩農家からの紹介でJAの『食農教育マイスター』に登録。以来、JAが市内の子どもたちを対象に開く農業体験「あぐり塾」や市内専門学校との産学連携プロジェクトに協力し、活動の幅を広げてきました。「子どもたちから苦手だった野菜が食べられるようになった話や、収穫した野菜を家族で食べた話を聞くと農業をやっていてよかったと改めて感じる。体験をきっかけに地域のつながりが増え、地元農業が盛り上がればうれしい」と話します。

小原裕太さん 港南区港南台

小原裕太さん 港南区港南台

令和4年に就農した小原裕太さんは、横浜横須賀道路・港南台ICから車で5分ほど住宅街の一角にある畑で年間約20品目の野菜を生産しています。幼い頃から慣れ親しんだ「祖父が作る野菜の味」の再現に取り組みながら土壌改良なども進め、祖父を超えるために研さんを続けています。以前は会社勤めをしていましたが、体調不良がきっかけで退職し、祖父が管理していた畑を引き継ぐことに。農業の基礎を身に付けるため、県立かながわ農業アカデミーに1年間通学したほか、祖父から野菜作りのノウハウを学びました。祖父が第一線を退いた現在は、小原さんが畑仕事の全てを担っています。

小原裕太さん 港南区港南台

小原さんが手掛ける野菜の主力は、トマトやナスといった果菜類です。管理する畑は約15アール。栽培面積に限りがあることや、栽培管理を一人で行うことから、効率良く収量を確保できる作物を選んだといいます。周辺地域ではイモ類やタマネギが多く生産され、果菜類を手掛ける農家が少ないことも後押しになりました。今夏、最も注力した作物はトマト。「直売には欠かせない野菜で、量販店などに並ぶ品との味の違いが分かりやすい。甘くて味の濃い品を目指している」。今シーズンは肥料の見直しをしたことで理想の味にはならなかったといいますが、消費者からの評判は上々。「万人受けを狙うか、自分の理想を追求するか、悩ましいところ」と話します。

小原裕太さん 港南区港南台

「消費者に手に取ってもらうには、味だけでなく見た目も重要」と考え、昨年にはJAが開く持寄品評会に初めて出品。惜しくも果菜類での入賞は逃しましたが、先輩農家の出品物の美しさに刺激を受け、見た目の質を上げるために畑の環境整備に着手しました。果菜類の品質向上には、傷などの原因となる風への対策が欠かせません。畑を囲う防風ネットを全て張り直し、風の影響を最小限に抑える工夫をしました。剪定などの栽培管理も作業をルーティン化し、適切な生育環境を保つよう努めました。万全の準備で臨んだ今年の品評会。結果はナスで優秀賞と優良賞、トマトで良好賞を受賞。「まさか優秀賞を取れるとは思わなかったが、この結果は励みになるし、販売する上でも箔(はく)が付く」と笑顔を見せます。

平本貴広さん 神奈川区羽沢町

平本貴広さん 神奈川区羽沢町

平本貴広さんは出荷先や消費者が身近にいる都市農業の縮図ともいえる地で、独自の営農スタイルを築き上げてきました。管理する神奈川区羽沢町にある畑からは、みなとみらいや都内の高層ビル群を見渡すことができます。年間70品種の野菜を生産しながら、変わり種品種の栽培にも注力。手掛けるのは地方の伝統野菜から海外原産の品目まで幅広く、これまで100品種以上を試作してきました。そのマニアックさは農家仲間からも一目置かれるほど。平本さんの畑に行けば希少なものでも見つかると重宝され、飲食店関係者の中でも注目が集まっています。

平本貴広さん 神奈川区羽沢町

取材した7月は、定番の夏野菜の他、新潟県の在来品種「神楽南蛮」、白や黒色のカボチャ、スペイン原産の唐辛子「パドロン」、メキシコ原産の「ハラペーニョ」の収穫が最盛期を迎えていました。8月には市内では生産量の少ないパイナップルが始まり、9月からは紫色のキャベツやハクサイ、温室でのパプリカなどの準備を進めています。平本さんは「見慣れない野菜でも対面販売や店内広告(POP)で、手に取ってもらえる。消費者が身近にいる都市農業の強みを最大限に生かしていきたい。形や色の違う野菜を見て、食べて、楽しんでほしい」と話します。

平本貴広さん 神奈川区羽沢町

県内の農家11人のグループ「神七(かなせぶん)」の一員としても活動をしています。「神七」は神奈川県の7人の百姓の略。結成は平成27年で、メンバーは親元就農や農外からの新規就農、農家に婿入りした人など経歴はさまざま。現在は加入者も増えて横浜、横須賀、相模原、伊勢原、小田原市の農家11人で活動を展開しています。メンバーの栽培品目は野菜や果樹、キノコ類など合計200種類以上。それぞれが企業や飲食店との独自のパイプを持ち、この強みを生かして即売会や試食会の開催、七味や肉まん、ラー油を開発するなど県内で生産される豊富な農畜産物を発信し続けています。

豊田正和さん 港北区新吉田町

豊田正和さん 港北区新吉田町

丘陵地が連なり、その懐には昔ながらの谷戸の風景が点在する港北区新吉田町。豊田正和さんは妻の育代さんと共に、この地で露地野菜の栽培に取り組んでいます。夏はキュウリ、トマト、ナスなど果菜類を中心に、冬はダイコンやカブ、ホウレンソウ、ブロッコリーなど。限られた労力でムリ・ムダ・ムラの無い作業を心掛け、安定経営の維持に努めます。豊田さんは6月初旬に行われたJA主催による野菜立毛品評会にキュウリを出品。審査員からは「果実のそろいが良い。日々の細やかな管理の成果が表れている」と、高い評価を受けました。

豊田正和さん 港北区新吉田町

豊田さんは結婚を機に妻の実家に入ったことで、40代で農業人生がスタート。野菜作りは義父の背中を追って体で覚えたほか、JA青壮年部や野菜部の先輩農家から多くのことを教わってきたといいます。野菜の立毛品評会に先立って行われる予選会では、県農業技術センターの技師やJAの営農技術顧問らを交えて管内を巡回。専門家のアドバイスを聞き、キャリアを積んだ農家の畑を見ることで「良い刺激を受けてきた」と話します。

豊田正和さん 港北区新吉田町

10年ほど前、雑草予防と緑肥の効果を考え、約4アールのカブ畑に裏作としてヒマワリを植えました。初めの数年は種をまいてきましたが、今は自然に伸びて花を咲かせています。畑に咲きそろうヒマワリは地元の夏の風物詩となり、近所の人々にも好評。花を愛でに遠回りをして、足を止めていく人も少なくないといいます。ヒマワリを通じて地域との触れ合いも深まりました。

武内嘉一郎さん 磯子区洋光台

武内嘉一郎さん 磯子区洋光台

武内嘉一郎さんは、花苗の生産を主軸に多角的な農業経営を実践しています。武内家は代々園芸家。大学の園芸学部を卒業し、経営を学ぶために磯子区の花菖蒲園で約1年間研修に励んだ武内さん。25歳で株式会社グリーン武内を設立し、父の代まで手掛けていた切り花生産をやめて鉢物を導入しました。当時、法人での農業経営は希有な事例。それでも法人化にこだわったのは、「株式会社ってカッコいいじゃん!」という理由。「思い立ったら即行動」という武内さんの性格を物語っています。

武内嘉一郎さん 磯子区洋光台

設立から20年間は先行投資に力を入れ、農場や販売店舗を拡大していきました。しかし、「売り上げが増えても利益が出ない。販売に力を入れすぎて生産がおろそかになっていることを痛感した」と、体制の見直しに着手。10店舗まで広げた販売店は、本店以外を撤退。本店では生産もしていましたが、生産と販売を明確に分け、経営の方向転換をしました。現在は、港南区にある温室11棟・約3000坪の圃場(ほじょう)で、シクラメンやラナンキュラス、花壇苗などを生産。スタッフが日々実験栽培に取り組み、新たな栽培技術を駆使して良質な花々を出荷しています。

武内嘉一郎さん 磯子区洋光台

「店舗で待っているだけでは売り上げは伸びない」と、社内に花造園部を設置した武内さん。「花で街を飾る」をコンセプトに、知識と技術を備えた出張販売に乗り出しました。事業の主力は、根鉢つきの花苗を吊り下げ式の容器に植え込んだ「ハンギングバスケット」。東京都の上野公園などでの仕事を受注し、街を歩く人に花飾りの美しさを伝えました。空中に飾ることで、花の消費を増やす――。このように新たな市場を拓くことを、武内さんは4次産業と捉え、農業者が生産・加工・販売までを一体で担う6次産業化と合わせて「10次産業化」を提唱。平成8年に日本ハンギングバスケット協会を立ち上げ、シェアの拡大に尽力してきました。「消費者の心が豊かになるような事業を」という夢に向け、常に新たな発想・企画を実行する行動力は衰えることがありません。

浜農家ヒラモト 神奈川区羽沢町

浜農家ヒラモト 神奈川区羽沢町

平本正治さん一家が営む「浜農家ヒラモト」は、野菜と果樹の栽培を手掛け、JA「ハマッ子」直売所や地元スーパー、学校給食などに出荷しています。平本家は元々、神奈川区を代表する野菜「キャベツ」の市場出荷一本の農業経営に取り組んでいましたが、時代の流れとともに市場出荷だけでの経営は厳しさを増しました。そこで、正治さんは他の品目の作付けや新たな販路の開拓に着手。加工業者との直接取引など試行錯誤を重ねる中、平成24年に「ハマッ子」直売所メルカートかながわ店がオープン。これを機に直売所への出荷にシフトしていきました。

浜農家ヒラモト 神奈川区羽沢町

出荷を担当するのは、正治さんの妻・聖美(まさみ)さん。「直売所への出荷を始めてから、お客さんや他の農家との交流が生まれた。自分たちの野菜が売れる様子を直接見られるのは、今までにない喜びだった。農業のやりがいや楽しさを実感できたのは、この時が初めて」と話します。明るい性格の聖美さんは、出荷先のスーパーでも常連客や店の従業員と積極的にコミュニケーションをとり、ファンの獲得につなげています。インスタグラムでの情報発信にも取り組み、交流の輪を広げています。

浜農家ヒラモト 神奈川区羽沢町

「愛情込めて育てた野菜を無駄にはしたくない。捨ててしまうくらいなら、大きな収益にはならなくても有効活用してほしい」と、合同会社グロバースが手掛ける乾燥野菜「YOKOHAMA Dry」シリーズの原材料として、規格外品の出荷も始めました。同商品の製造には福祉施設も関わっており、農福連携の取り組みにもつながっています。これまで、両親と正治さん、聖美さん、娘の春香さんが力を合わせて地域農業を盛り上げてきましたが、最近新たな家族が増えました。それが春香さんの夫・涼馬さん。よりパワーアップした「浜農家ヒラモト」の今後にも注目です。

中山大輔さん 都筑区大熊町

中山大輔さん 都筑区大熊町

祖父、父から受け継いだ畑で地域の特産である小松菜を主力に農業に励む中山大輔さん。野菜の栽培歴は2年という経験の少なさを補うため、JA青壮年部都田支部の仲間と共に技術を高め合っています。経営も任されたばかりのため、自身の営農スタイルを確立するために日々奮闘中。昨年から取り組む農福連携施策が生産規模拡大の転機になり、今シーズンはさらなる飛躍を目指しています。

中山大輔さん 都筑区大熊町

現在、15アールの畑で主力の小松菜を周年で栽培。春から秋に「いなむら」、冬は「さくらぎ」をリレーします。2年目を迎え、ダイコンやハクサイも手掛け始めました。量販店との契約栽培の他、地域のマルシェなどに卸しています。出荷作業は父の信行さんも手伝いますが、課題は管理作業に遅れが出てしまうこと。解消に向けて期待されるのが、昨年度からJAと農協観光が連携して取り組む農福連携施策への参画。農家が抱える労働力不足などの課題解決を進め、農業を通じて障害者の社会進出の後押しをする取り組みです。

中山大輔さん 都筑区大熊町

農福連携施策では、サポーターを含む4人1チームがJAを通じて依頼した農家に出向いて除草や収穫作業などをします。「メンバーは障害があることを感じさせないほど戦力になっている。仕事に対して一生懸命で見習うことも多い」と中山さん。今後は作業をより単純化して、任せられる仕事を増やしていきたいと考えています。中山さんは「消費者が身近にいる横浜の強みを生かして、収穫体験や地産地消イベントを開いてみたい」と話し、農福連携施策の効果で収益が上がり新たな挑戦に目を向けられるようになった今、新たな目標に向けても着実に歩みを進めています。

北井昭裕さん 瀬谷区阿久和東

北井昭裕さん 瀬谷区阿久和東

住宅と農地が混在する、瀬谷区の阿久和地区。この町で「阿久和園」は代々植木生産を手掛けてきました。現在、事業を担うのは40歳で4代目の北井昭裕さん。24歳で就農し、父・保さんの背中を追いながら植木生産に取り組んできましたが、やがて体調を崩して現役をリタイアした保さんに代わり、経営のすべてを担うことに。不安もあったといいますが、仕事を覚えて自分なりにやってみたいことも見えてきた時期。先代の手法に少しずつ昭裕さんのカラーを加え、環境の変化や時代のニーズにマッチした経営を目指してきました。

北井昭裕さん 瀬谷区阿久和東

その一つが、苗木の自家増殖。ヤマモモやイチョウは種から実生苗として、サルスベリやマサキ、アジサイなどは挿し木で育てています。父の代ではこうした自家増殖は育成苗の1割未満でしたが、コストを考え、昭裕さんは約3割まで増やしてきました。また、経営効率化のため、可能な限り圃場の回転を速めることに力を注ぎます。植木の生産は、長いものでは10年以上の歳月を要する息の長い仕事。しかし10年先の需要の予測はたやすいことではありません。「そのためにも、需要の見込まれる品種や卸業者の要望など、しっかりと情報収集をしていきたい」と意気込みます。

北井昭裕さん 瀬谷区阿久和東

圃場(ほじょう)では、サクラやサルスベリが1.5メートル間隔で整然と並びます。2月中旬を過ぎて60本のカワヅサクラが満開を迎えました。冬枯れの景色に、あでやかなピンク色が映えています。これからは季節の移ろいとともに、オカメザクラ、ソメイヨシノ、そしてヤエザクラとリレーしながら花を咲かせていきます。苗木を植えて3年、そろそろ出荷の時期。土を肥やし、病害虫対策を施しながら丹精してきた努力の成果に、昭裕さんは期待を膨らませています。

川戸浩二さん 戸塚区俣野町

川戸浩二さん 戸塚区俣野町

横浜市の南西部、境川を挟み藤沢市と隣接する戸塚区俣野町。地域のランドマークとして存在感を放つ横浜薬科大学の図書館棟を見上げる平地に、川戸ファームの温室があります。園主の川戸浩二さんは、叔父の農地を引き継ぎ50才でUターン就農。農業経験ゼロから始めたイチゴ栽培は土にこだわり、イチゴ狩りの予約が絶えないほど人気を呼びます。今年は紅ほっぺ・おいCベリー・かなこまち・さがのほか・ベリーホップすず・章姫・白蜜香の7品種の食べ比べを楽しめます。

川戸浩二さん 戸塚区俣野町

「かなこまち」は神奈川県のオリジナル品種で、糖度が10~12度と高く、酸味とのバランスが良いのが特徴。県いちご組合連合会の会員しか栽培できないため、市内での生産農家は数軒という希少な品種です。温室は2棟12a。地面から1.2mほどの高さに栽培ベッドを設置した高設栽培で、立ったまま作業ができます。培地はヤシガラやピートモスなどが一般的ですが、川戸さんはイチゴ専用の培養土に、堆肥と有機質肥料を独自にブレンド。手作業で栽培槽の中の土と混ぜ合わせるのは重労働ですが、この努力が川戸ファームのイチゴの味を生み出しています。

川戸浩二さん 戸塚区俣野町

イチゴ狩りは1月中旬から5月中旬まで、水・土・日曜日に30分食べ放題。人気の一方で、悩みの種が予約の電話対応。多い日は1日100件もあり、その対応だけで相当な時間を費やします。そこで令和4年1月より、「ウラカタ予約」というシステムを導入。デジタルトランスフォーメーション(DX)化により、24時間無人で予約受付ができ、飛躍的な負担軽減を実現。イチゴの出来次第で、予約枠を自由に設定し、スマートフォンで予約状況を確認できます。オンライン決済により現金のやり取りがなくなり、キャンセルも減少。作業効率化に加え、集客数も1.5倍に伸びるなど、今や欠かせないツールとなっています。

萩原千秋さん 青葉区寺家町

萩原千秋さん 青葉区寺家町

萩原家では千秋さんの曾祖父が野菜作りを始め、祖父も農業に従事。千秋さんにとって、子どもの頃から農業は身近なものでしたが、後を継ぐ考えはありませんでした。元々は情報処理系の会社に勤めていた千秋さん。しかし、入社当初からリーマンショックの波にさらされ、仕事に不安を感じるようになったといい、千秋さんと同様に会社勤めをしていた父と共に就農することを決めました。栽培管理など農作業の大半は千秋さんが担当。知識や技術は祖父から学んだほか、JAの講座を受講して身に付けました。

萩原千秋さん 青葉区寺家町

栽培するのは露地野菜が中心。年間で約40品目、50~70品種の少量多品目に取り組み、自営の直売所「南」で販売しています。直売は祖父の代から始めたもので、当時はテントで販売していましたが、千秋さん親子の就農に当たり現在の直売所を建てました。「これまでの直売に固定客がついていたことに加え、ふるさと村に訪れる人などの集客が見込めた。規格外野菜をもったいなく思い、他に出荷するのではなく自前で売ることを選んだ」と言います。ブログやSNSで営業日を告知するようになり、新規の来店客も増加しました。

萩原千秋さん 青葉区寺家町

直売所には野菜の他に、神奈川県の奨励銘柄米「はるみ」や柿などの果物、母が手掛ける農産加工品も並びます。来店客にゆっくりと買い物を楽しんでもらえるよう、店内には喫茶スペースも設置。飲み物やかき氷(夏)、おしるこ(冬)などを提供しています。千秋さんには、会社員時代から「人のために何かやりたい」という強い思いがあります。少量多品目栽培が故に、専門家に比べて知識や技術が足りないと悩むこともありますが、「お客さんにおいしいものを食べてもらいたい」という気持ちは誰にも負けません。

清水優吾さん 泉区和泉町

清水優吾さん 泉区和泉町

相鉄線ゆめが丘駅より徒歩5分の立地にある清水ファームの温室。周辺は大規模な開発が進み、街並みが様変わりし始めています。清水優吾さんは20歳で就農してトマトの養液栽培に励み、昨年には父の良政さんと分業し、自身で管理する温室を建てました。試行錯誤する毎日ですが、父や師と仰ぐ県立かながわ農業アカデミーでの実習先農家に力を借りながら歩みを進めています。

清水優吾さん 泉区和泉町

清水さんは就農して5年目を迎えた昨年の春、結婚を機に父から独立。環境制御システムで24時間管理できる温室で養液栽培を始めました。昨シーズンは試験栽培をして日の当たり方や湿度などハウスの特徴を把握する時間に費やし、昨年8月から本格稼働。長段栽培をして25段まで収穫を続けます。取材をした11月中旬、清水ファームの温室では1段目のトマトが赤く染まり、収穫が始まっていました。今年5月ごろにピークを迎え、7月上旬までを予定しています。

清水優吾さん 泉区和泉町

現在、4連棟15アールほどの温室で大玉「みそら109」3000株のほか、中玉「フルティカ」とミニの「エコスイート」を200株ずつ栽培しています。水の溶存酸素や液肥から養分を吸収しやすい水耕装置で管理。新たな養液が流れ続けて病気が拡散しにくい非循環方式を採用し、栽培状況のデータ化もできます。販売は地元量販店の地場産コーナーや、JAの「ハマッ子」直売所2店舗など。「売り上げという結果がやりがい。今は売れ残りが出てしまい悔しい思いをすることもあるが、いつか尊敬する2人に追いつきたい」と高い意欲で日々の農作業に励んでいます。

小嶋康照さん 港北区日吉本町

小嶋康照さん 港北区日吉本町

新横浜やみなとみらい、都内の高層ビル群が見渡せる圃場(ほじょう)で、植木を生産する「正中屋(しょうちゅうや)」。2代目社長の小嶋康照さんは、先代が築いた事業を守りつつ、環境の変化に柔軟に対応しようと新たな品目の導入に積極的に取り組んでいます。小嶋さんは大学卒業後、10年ほど食品メーカーに勤めていましたが、父が体調を崩したことを受けて就農。当時、植木生産の専門的な知識はなかったため、仕事のノウハウは父、生産技術は先輩農家から学んだといいます。

小嶋康照さん 港北区日吉本町

圃場では、中木(ちゅうぼく)を中心に多品目を育成。数ある品の中でも、特に思い入れがあるのは長年、父が育ててきた「コウヤマキ」と「ハナモモ」。接ぎ木が難しく、活着がうまくいかないこともありますが、「苦労する分、成功した時の喜びは一段と大きい」と笑顔を見せます。父から受け継いだ事業を発展させるため、これまで扱うことのなかった品目にも着目。温暖な気候を好むオーストラリアプランツなどの新たな育成品目として取り入れ、需要の掘り起こしを試みています。

小嶋康照さん 港北区日吉本町

植木生産以外に、10年ほど前に先輩からニホンミツバチを譲り受け、養蜂にも挑戦しています。桜の開花から2週間ほどが分蜂のシーズンで、手作りの巣箱近くにニホンミツバチが好む蜜蜂蘭(きんりょうへん)という植物を置き、誘引するための仕掛けをします。「一見、植木の栽培とかけ離れているように思われるが、生き物を育てる難しさはどれも同じ」。年に1度の秋の採蜜が楽しみだといいます。小嶋さんは、新たな挑戦を通じて知識や技術に磨きをかけるため、日々研さんに励んでいます。

石井和夫さん 戸塚区汲沢

石井和夫さん 戸塚区汲沢

国道1号線、戸塚警察署から車で5分ほどの場所にある「丸伝農園」。横浜を代表するブランド果実「浜なし」「浜ぶどう」を生産する果樹農家です。昨年からは、冬場の作物としてイチゴの栽培も始めました。園主の石井和夫さんは、長男・保雄さん、次男・直樹さんと共に環境変化に対応しながら各々の「やりたい農業」を実現し、地域農業を盛り上げています。夏場に開く梨・ブドウの直売は、開始から10分で完売することもあるとか。宅配予約も多く、「贈り物として受け取った人から、翌年に直接注文が入ることもある」と言います。

石井和夫さん 戸塚区汲沢

和夫さんは大学卒業後に就農。当時は、祖父母や両親と共に野菜や米を生産していました。一方、農地周辺は徐々に宅地化が進み、営農環境が変化し始めていました。最も影響を受けたのが水田。「田んぼの水は川から引いていたが、上流に住宅が増え、家庭の雑排水が混ざるようになってしまった」。このまま水田を維持するか否かを悩む中、横浜市が市営地下鉄の開通工事で出た残土の処理に困っているという話を耳にしました。これをきっかけに、周辺農家と共に残土を使って水田を畑に転換。この畑で果樹栽培を始めました。

石井和夫さん 戸塚区汲沢

梨の栽培知識や技術は、旧横浜南農協果樹部が主催する講習会などで習得。導入品種も先輩農家のアドバイスを参考にしました。「長く農業を続けていくには味への信頼が大事」と、父が行っていた引き売りやJAの支店で開く直売に出荷し、品種や味の特徴を丁寧に説明しながらファンを獲得していきました。和夫さんは現在も梨を担当。保雄さんと直樹さんは、ブドウとイチゴを担当します。「自分がやってきたことを息子たちに押し付けず、それぞれの意見を尊重している。お客さんの声を聞きながら形を変えていけばいいが、緑は減らさないでほしい」と、和夫さんは思いを語ります。

加藤佑太さん 神奈川区片倉

加藤佑太さん  神奈川区片倉

温室から都内のビル群が見渡せる高台に位置する加藤園芸。10年前、結婚を機に花農家の道に進んだ加藤さんは、冬のシクラメンと夏のポーチュラカを主力に園を経営しています。今年、生産技術の向上や経営の安定を図る日本花き生産協会の理事に選任。県の園芸協会では「2027横浜国際園芸博覧会」の担当をするなど、活躍の場を広げています。

加藤佑太さん  神奈川区片倉

6月下旬、加藤園芸ではポーチュラカの出荷作業に追われていました。梅雨時でも園芸を楽しみたい消費者向けに栽培する夏場の主力商品で、購入後にそのまま飾れるつり下げ型の鉢物で出荷。カラフルな見た目が〝映える〟と人気を集め、管理作業が楽なことも魅力です。価格帯の手ごろさも相乗効果を生み、市場からの注文数も増えています。出荷先は東京都内のフラワーオークションジャパンや東京砧花き園芸市場、JAの「ハマッ子」直売所メルカートかながわ店。7月末までに約5000鉢を納めました。

加藤佑太さん  神奈川区片倉

横浜産花卉の普及のため、県では園芸協会、全国では日本花き生産協会で活動。所属する生産者はベテランが多く、加藤さんは一番の若手として同世代の意見や課題を吸い上げて解決策を模索しているそうです。「『2027横浜園芸博覧会』の成功が今の目標。横浜の生産力をPRする絶好の場になる」と話します。園では7月からシクラメンの作業を進めています。鉢上げをして夏を越し、8月中旬からは葉が締まった高品質なシクラメンを仕立て上げるため、葉組みの作業を徹底。出荷までに3回以上行い、11月下旬から直売を始める予定です。

小塚剛俊さん 鶴見区駒岡

小塚剛俊さん 鶴見区駒岡

民家やマンション、工場、倉庫などが立ち並ぶ鶴見区駒岡。鶴見川が近くを流れ、かつては水田が広がっていた地域ですが、今はその面影はありません。そこだけ緑の空間が残る一団の生産緑地で、小塚剛俊さんは露地野菜を中心に少量多品種栽培を実践。アパレル業界からUターン就農して6年。消費者を味方にすべく、農業・農家の存在をアピールします。

小塚剛俊さん 鶴見区駒岡

約30アールの生産緑地と自宅周りで、年間60品目を生産する典型的な「ザ・都市農業」。小塚さんは、「作業している姿を見てもらえば農業への理解を得やすいはず。だからできるだけ毎日畑に通う」といいます。雨の時は小屋で作業するので外から姿は見えませんが、トラックを見える位置に停めることで存在をアピールします。
大学で経営工学を学びましたが、全く畑違いのアパレル企業に就職。大半はセレクトショップの売り場に立ち、店長も務めました。
40歳で退職し就農。労働力は1.5人。生産緑地は自身、自宅周りは父が担います。父の代に販路を市場から直売に転換。栽培品目を引き継ぎつつ、毎年1つは新しい品目にチャレンジします。

小塚剛俊さん 鶴見区駒岡

就農後、自宅裏にあった無人直売所を畑に移し、対面販売に切り替えました。前職で磨いた接客の技を生かすためです。畑で作業しながら、来店客の姿が見えれば売り場に戻ります。何気ない会話から消費者ニーズを聞き出し、新品種導入の参考にします。
新規客の獲得にはSNSを活用。インスタグラムは直売日前日の午後9時ごろ、閲覧数が最も多い時間帯に更新。販売品目を告知するほか、西洋野菜など食べ方が知られていないものは、妻に料理を作ってもらい写真をアップしています。

遠藤早苗さん 泉区上飯田町

遠藤早苗さん 泉区上飯田町

市の南西部に位置する泉区。藤沢市と大和市に接し、市内最大の農地面積を有しています。その西端に位置する上飯田町に、旬の野菜を使って加工品を作る遠藤早苗さんの加工所「つけものサロン」があります。加工品づくりの出発点は、JA「ハマッ子」直売所に出荷し、売れ残ってしまった父・武次さんの野菜を母・一枝さんが見て、「お父さんが育てた作物を無駄にしたくない。何とかできないか」という母の思いから始まりました。

遠藤早苗さん 泉区上飯田町

遠藤さんはラベル作りも得意で、業者に頼まず全て自分で作ります。イラストを入れるのはもちろん、珍しい野菜を加工するときは、食材の特徴を記載するなど、消費者の立場で、安心して購入できるように一言添える工夫も欠かしません。利用客の目に留まるよう、店頭の並べ方にもこだわりがあります。直売所の職員に「『遠藤さんの加工品はいつもカラフルできれいですね』と言われたときはとてもうれしかった」と笑顔で話します。

遠藤早苗さん 泉区上飯田町

次々と生まれる加工品のレパートリーは、数えたことがないといいます。年間を通じて一番人気は「筍の水煮」。「ゆず大根」や「Qちゃん風きゅうり漬」、「紫大根の甘酢漬」も人気があります。加工品づくりには、家族の協力が必要不可欠で、加工品の味見や食べやすい長さに切るアドバイスなど、消費者目線で細かい配慮をしてくれるのはありがたいと話します。今後の課題は、「リンゴのパウンドケーキ」や「栗の甘露煮」など、お菓子のレパートリーを増やすこと。「母から受け継いだ味が途切れないよう、技を娘やお嫁さんにも伝えていきたい」と思いを語ります。

小澤信悟さん・千景さん 神奈川区羽沢町

小澤信悟さん・千景さん 神奈川区羽沢町

相鉄線「羽沢横浜国大駅」の目の前に位置する畑で年間約30品目、100品種の野菜を生産する小澤信悟さん・千景(ちかげ)さん夫妻。元々は市場出荷をメインにしていましたが、12年ほど前から直売やスーパーへの出荷にシフトしました。天候や収穫量によって取引価格に変動があり、自由に売値を決められない市場に比べ、「直売は自信を持って育てた野菜の値段を自分たちで決められる。お客さんに買ってもらえたときの感動は、農業のやりがいになっている」と夫婦は口をそろえます。

小澤信悟さん・千景さん 神奈川区羽沢町

小澤さんは、イタリア野菜などの海外品種を多く栽培しています。当然、原産国の気候と横浜の気候は異なるため、うまく生育しないこともあるといいます。初めて作付けをするときは、種袋に書かれた時期に合わせて作業しますが、育ち具合などを確認し、翌年からは同系統の作物を参考に種まきのタイミングを変えたり、被覆資材を使ったりと、研究に励みます。こうした積み重ねが功を奏し、収量が大幅にアップした野菜もあります。

小澤信悟さん・千景さん 神奈川区羽沢町

メインの出荷先であるスーパーは、近隣の農家の品も並びます。市場と並行して出荷する農家は、ダイコンやキャベツなどの定番野菜を多く生産。「店としては外せない定番の品は、他の農家に任せて、私たちは『ちょっと珍しい』『他では見かけない』野菜を出荷します」と小澤さん。一方、なじみのない野菜に対する消費者の反応は厳しい面もあるとか。「特に高齢の方は手に取ってくれないことが多い。カラフルなダイコンも、青首ダイコンと同じように調理できる。品物を選ぶワクワク感や彩り豊かな食卓を楽しめることを知ってほしい」と思いを語ります。

小金井友治さん 都筑区川向町

小金井友治さん 都筑区川向町

数年前までは水田が一面に広がっていた都筑区川向町。港北I・C周辺の大規模な開発でその姿は一変し、商業施設や物流倉庫、公園などを含んだ街づくりが進んでいます。それに伴い耕作面積が減りつつある中、小金井さんは自宅裏に代替地を取得し、地元の農業を守るために小松菜の周年栽培に励み、一から作った水田では地域住民を巻き込み、子どもたちへの食農教育にも力を注いでいます。

小金井友治さん 都筑区川向町

小金井さんは親子で自宅裏のハウスと露地、港北区新羽町にある畑40アールほどを管理し、周年で小松菜、春と秋はハウスでチンゲンサイも栽培。小松菜は春から秋は「夏の甲子園」、冬は低温伸長性のある「さくらぎ」「いなむら」をリレーし、全量を近郊の市場に出荷しています。シーズン前には必ず土壌診断を受け、管理する畑ごとに施肥量を計算して過不足分を調整。夏場にはソルゴーを植えて緑肥としてすき込むことで保水性を良くし、微生物が生息しやすい環境を作っています。

小金井友治さん 都筑区川向町

食農教育には平成19年から取り組んでいましたが、開発で水田を失い、コロナ禍もあってここ数年は中止に。令和2年、食育を復活させるために動き、小金井さんの農地を造成するタイミングに合わせてJAの技術顧問や営農インストラクターと共に一部を手作りの水田にしました。〝令和の田んぼ〟という愛称を付け、2年前から地元の和太鼓クラブの生徒に農業の魅力を伝えるのに活用。小金井さんは子どもたちの笑顔が見られたことに成果を実感し、「今後も農業を中心とした地域交流の場を残していきたい」と目標を掲げます。

柳下 昌章さん 栄区鍛冶ケ谷

柳下 昌章さん 栄区鍛冶ケ谷

鎌倉時代、この地に鍛冶師が住んでいたことが地名の由来といわれる栄区鍛冶ケ谷。地区内はすべて市街化区域に指定され、住宅に囲まれた50aの生産緑地で露地野菜を作る柳下昌章さんは、JA本郷支店管内の貴重な担い手の一人。同区桂町のJA「ハマッ子」直売所本郷店に毎日出荷するなど、農業への熱意は年齢を感じさせません。

柳下 昌章さん 栄区鍛冶ケ谷

2月上旬の端境期でも、ダイコン、ネギ、ハクサイ、レモン、湘南ゴールドなどを出荷。消費者ニーズの高い野菜を年間20~30品目栽培します。同支店管内では、まとまった規模で作付ける出荷者は数少ないですが、その中でも存在感を放ちます。生産はほぼ一人で担い、収穫と調整作業は実弟の協力を得ます。土を動かすなど重いものを持つ作業は、さすがに堪えるといいます。育苗も視力が弱るとともにできなくなり、主力野菜は購入苗に切り換えました。しかし、「農業は自然相手。毎年同じ作業を繰り返していても、同じ出来にはならない。だから日々勉強だよ」と、向上心は衰えを知りません。

柳下 昌章さん 栄区鍛冶ケ谷

近くに住む 長女が届けてくれる夕食を食べながら、その日の農作業をJAのカレンダーに書き込むのが日課。カレンダーは何年分もストックし、1年前の作業を振り返って改善に生かすことも。JAが発行する『営農情報』を1年単位でファイリングするなど、几帳面な性格を裏付けます。3年前に大病を患いましたが、初期の発見だったので、大事には至らずに済みました。「今が絶好調」と元気満々で、生涯現役を続行中。健康の秘訣を聞くと、迷わずこう笑い飛ばしました。「焼酎と畑だよ!」