運送業に従事する傍ら夫婦で家庭菜園に親しみ、農業に対しては「いつまでも二人で続けられる、定年のない仕事」と、憧れを持っていた溝口さん。コロナ禍により運送の仕事が激減したのをきっかけに二人で話し合い、これまでの仕事に見切りをつけ「農家になる」と決意しました。 県立かながわ農業アカデミーに通い、実習で指導を受けた地元農家の杉崎精一さんの計らいで、空いていた農地を借り受けました。令和4年8月、いよいよ夫婦の農業人生がスタート。ハウス1棟の他、農機など必要な資機材一式全てをそろえての第一歩。「あえて融資は受けず、それまでの貯えをつぎ込んだ。退路を断つ決意でした」と振り返ります。 就農から4年目を迎えましたが、まだ分からないことばかり。そんな中、毎朝通うJA「ハマッ子」直売所四季菜館では、出荷者の仲間から多くのアドバイスを受けるといいます。「病気や害虫対策など、私のような新参者にも惜しみなく話してくれる。経験知をみんなで共有しようという空気がそこにはあります」。オープンな仲間の存在にはいつも助けられてきたと話します。 昨年からは新たな販路として、LINEを活用して近隣の消費者に日ごとの収穫情報を配信。注文を受けて野菜を配達しています。「顔の見える関係が築けた上、『おいしい』と言ってもらえた時には、やりがいや自信も湧いてきます」。焦らず、無理せず、夫婦で楽しく続けていきたい―。二人が目指す農業人生が少しずつ実現しています。 金融関連の会社を65歳まで勤め上げ、その翌月から農業者としての人生を歩み始めました。5〜6年前、故郷の農家の友人から話を聞いたのをきっかけに野菜作りに関心を抱くようになり、就農への思いを徐々に高めてきたといいます。 農業に就くため早めに準備を進めようと、仕事を続けながら週末は社会人向け農業スクールに通い、保土ケ谷区西谷町の苅部博之さんが営む「農業塾」で都市農業の神髄に触れました。市が主催する「横浜チャレンジファーマー研修」には、当時住んでいた東京都世田谷区から横浜市内に住所を移して参加。地元農家とのつながりを持ちたいと、都筑区東方町の石川照雄さん方に援農ボランティアとして飛び込みました。 農地は、石川さんの紹介を中心に4カ所の畑を確保し、露地野菜の栽培に着手。JAでは正組合員に加入し、野菜部にも仲間入り。今春からは同部が進める「浜いもプロジェクト」の一員に加わり、再生リン入り肥料を施した圃場で「べにはるか」の栽培に取り組んでいます。「サツマイモはスイーツの素材としても注目されています。可能性を追求していきたい」。 6月に行われた野菜持寄品評会では、出品したタマネギが良好賞に。「就農2年目で、多くの出品の中から選ばれたのは大きな一歩」。 今後、横浜の近辺で農外から新規就農を目指す人に、農家の現実や新規就農の課題・経験を伝える場(踏み台)となることを目指して頑張っていきたいと話します。年をとっても夫婦でできる仕事を青葉区しらとり台 溝口博之さん・かおりさん将来の農外就農者の踏み台に都筑区茅ケ崎東 岩瀬悟朗さん 8ページのグラフの通り、横浜市内の新規就農者は令和元年度以降、毎年概ね30〜40人に上ります。そのうち10人ほどが非農家・他業種からの農外就農者。試行錯誤を繰り返しながら技術習得や販路開拓に奮闘し、地域のコミュニティーに溶け込もうと努力を重ねています。ここでは正組合員に加入し、JAの組織の一員として活動している2組の農外就農者について、その足跡をたどります。農業に夢を追い横浜の大地に人生をかける
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