消への取り組みが盛んな地域で、横山さんは地元農家やJA青壮年部和泉支部の仲間と共に農業の魅力発信に貢献している。特に就農するきっかけとなった農業体験に尽力。栽培している彩り豊かな野菜は味覚だけでなく視覚でも楽しさを提供し、ファンを増やしてきた。はたんちゅは猛暑を乗り越え、大きく育ったナスを収穫する〝横浜畑人〟の姿があった。手際よく作業を進めるのは28歳という若さで園主になった横山さん。4歳で父を亡くし、祖父の背中を見て農業の道を志した。就農を決意したのは高校に入学してすぐ。将来を漠然と考えた中で、「脳裏に焼き付く小学生で体験したサツマイモ掘りや田植えの楽しさが農家に生まれたことを強く意識させた」と前を向く。び場。農業は身近な存在ではあったが、携わってはこなかった。「農業に必要な体力や忍耐力は高校時代から続けるラグビーで自然と身に付いた」。ただ、ノウハウはない。基礎は高校卒業後に通った県立かながわ農業アカデミーでの2年間で学んだ。並連日30℃を超える今年の夏。畑に幼少期の横山さんにとって畑は遊行して家では農作業を手伝いながら祖父に教えを請い、生産現場の厳しさも痛感した。当時、園ではトマトとキャベツを栽培。経験が浅かったため、3年ほどは祖父や母に言われたことを続ける日々だった。「この時期は農業にやりがいを見出せず辛かった」と振り返る。一方、アカデミーでは研修先の農家、同世代の仲間との交流でさまざまな管理方法を知り、多品目栽培の楽しさを感じていた。祖父は新たな挑戦に反対派。横山家で培ってきた営農スタイルの継続を望んでいたが、「風穴を開けるためには結果で示せば良い」と一念発起したことが、現在の横山農園の基盤を作る転機になった。まず始めたのはカリフラワーの栽培。細かな作業工程は、知人のほ場の視察や手伝いをして習得。生育は営農スタイルの構築へ挑戦が農園の発展に20代で園主となった横山農園の横山勝太さん。園のある泉区は地産地 泉区和泉町横山 勝太さん(35)自身の野菜で皆を笑顔に祖父の背中を追い農の道へ濱 農浪 漫
元のページ ../index.html#6