Agri横浜 vol.209
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代々続く農家の長男として、若い頃から父親に農業を継ぐ意思を伝えていた新川さんだが、2人でやるほどの営農規模ではなかったため、ガラスを加工する会社に勤務した。職場だった工場が遠方へ移転することになり、工場で使用していた機械類を買い取って、35歳の時に会社を設立。以来25年間、半導体製造に欠かせない石英ガラスの加工を手掛けてきた。しかし、父親の高齢化や、貸していた農地にゴミを入れられたことなども契機となって就農を決意。会社を売却し、平成29年に農業の道へ足を踏み入れた。就農時、父親は自宅の庭で野菜作りを楽しむ程度だったので、共に汗を流して技術を学ぶことができなかった。労働力は自身だけだったので、本腰を入れて農業に取り組む気持ちは薄かった。ところが、長男の敬一さんが農業を志したことで考え方が一変。「息子の就農は期待していなかった。最初は反対した」というが、敬一さんの決意は固かった。自分に農業知識が足りないならば長男に学ばせようと、かながわ農業アカデミーに1年間通わせた。前後して、貸していた農地が戻り、営農意欲が一気に湧いた。管理作業は長男、収穫は自身が担当するという役割が明確となり、農業経営の道筋が見えてきた。主力品目はキャベツ・ブロッコリー・長ネギの3つに絞りこんだ。長新にわ川一郎さん(59) 旭区今宿南町かっガラス加工から農業の道へ長男の就農で本気になった主力品目絞り規模拡大根葉切り・皮むき・結束まで3人で流れ作業旭区を東西に走る八王子街道から奥に入った今宿南町には、宅地化の波が及ばない昔ながらの農景観が今も残る。この地で農業を営む新川さんは、会社経営を辞めてUターン就農し、わずか3年で耕作面積を3ヘクタールまで拡大した。品目をキャベツ・ブロッコリー・長ネギの3つに絞り、農作業の機械化を進めながら、後継者とともに精力的な生産に取り組んでいる。会社経営者から農業に転身機械化を進め規模拡大へ

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