JA横浜_Agri横浜Vol.278
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生産を始めた。目の前には小学校、周囲には住宅街が広がる立地を生かし、直売を主力にすることで地域に笑顔を咲かせ続けてきた。現在、経営を担うのは荏原直弘さん。父や仲間に支えられながら挑戦と失敗を繰り返し、見出した「自分流」で園のさらなる発展を目指している。港北区高田町にある「荏原花園」は、昭和55年ごろから温室での花苗とりどりの花が咲き始めたハウスの中に、荏原さんの姿があった。祖父の代は養鶏、父・正和さんの代で花き栽培へと転換し、現在、「荏原花園」の2代目園主として花作りに励む。春と秋冬を彩る花苗と冬のシクラメンを中心に栽培し、地域に花のある暮らしを届けている。とはほとんどなく、農業を特に意識せず学生生活を送っていた。普通科高校に進学し、将来についても「いつかは家を継ぐ」と考えていた程度。明確な進路は決めきれずにいた。卒業を控えたころ、推薦枠があったことをきっかけに東京農業大学短期大学部へ進学することに。この進学が、農業の道を意識する大きな転機になったという。暖かな陽気になった3月下旬。色幼少期は農作業の手伝いをするこ短大では花だけでなく、野菜、果樹、畜産など幅広い分野の基礎を勉強した。特に実習は改めて農業の奥深さと面白さを感じられる場に。ゼミでは先輩から研究を引き継ぎ、ペットボトルを使った水耕栽培で花を育てる研究に取り組んだ。液体肥料の濃度を変えながら生育の違いを観察。植物の生長に与える影響を調べるなど、栽培理論を実践的に学び、今の栽培管理にも生かしている。ただ、社会経験を積むために卒業後の2年間は量販店でアルバイトとして働いた。「農業の世界しか知らないまま家業に入るのは嫌だった」と振り返る。接客や商品管理を通じて消費者の目線や販売の大切さを学び、就農から約2年間は、父とのマンツーマンで栽培技術を教わる日々就農を強く意識した進学失敗から得た自分らしさ22歳での就農を決意した。10港北区高田町荏原 直弘さん(39)花 作りに真 摯に向き合い自分らしさ育む農家の挑戦濱 農浪 漫

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