JA横浜_Agri横浜Vol.276
6/12

変化する植木市場に対応高品質な枝物を届ける売をしていた。昭和30〜40年代には市内で宅地開発が進み、植木市場は好況を迎えていた。やがて環境の変化などで植栽管理の仕事依頼が増加。こうした状況を受け、平成2年に「有限会社番場園」を設立し、主軸を植木の生産から庭木の手入れなどへシフトした。に約10年間勤務。北は秋田県、南は鹿児島県まで荷物を運ぶ、農業とは無縁の業界だった。30歳を目前に家業を継ぐことを考えるように。「5人兄弟の長男だったので、これまで園を支えてきた祖父からの期待はひしひしと感じていた」と振り返る。東部総合職業技術校の造園コースに1年間通い、造園の基礎知識に加小川名家は代々、植木の生産と販智史さんは高校卒業後、運送会社退職後は、鶴見区にある神奈川県え、庭木の手入れや剪定方法など、実務を通じて学びを深めた。現在は、地元の個人宅やマンション、企業の庭造りを担う。顧客の要望と暮らしやすさを重視し、1件1件に丁寧に対応。1戸あたりおよそ大切にしているのは、けがをしないことと、掃除をきちんとすること。「当たり前のことかもしれないが、いくら手入れが良くても周囲が汚れていては意味がなくなってしまう。『掃除に始まり、掃除に終わる』を合言葉に作業に臨んでいる」と話す。同園では、庭造りの依頼が落ち着く1〜4月を中心に、1㌶で年間50品目の植木と、ミモザやスモークツリー、ダリアなど約80品目の枝物・切り花を生産する。東京都大田区や世田谷区の市場、金沢区の横浜南部市都岡地区は古くから枝折物の産地として知られている。植木業を営む有限会社番場園の代表・小川名智史さんは妻の舞さんと共に個人宅などの庭造りをする一方で、区内で唯一の植木、枝物、切り花を生産。伝統を受け継ぎながら、多様な販路を通じて魅力を幅広く発信する。桃や梅を出荷する際に、枝を美しく束ねる伝統技術の「枝折物」。旭区おりもの し  せん てい10日間をかけて完成させる。作業で「枝折物」の伝統を継ぐ新たなつながりで活動幅拡大旭区下川井町小川名 智史さん(44)濱 農浪 漫

元のページ  ../index.html#6

このブックを見る