ンションや住宅が立ち並ぶ小道を抜けると見えてくる平戸農業専用地区内で8戸の農家が果樹栽培に取り組む。直売やもぎ取り体験で横浜産果実の魅力を発信。岩崎農園の園主・岩崎淳一さんもその一人だ。横浜という立地、果実の鮮度と大きさを武器に園を発展させてきた。JR東戸塚駅から徒歩10分ほどの距離にある「平戸果樹の里」。高層マぶどう」のシーズンが終わった11月下旬。一段落する間もなく、園には収穫期を迎えた「浜柿」と「浜みかん」を管理する岩崎淳一さんの姿があった。横浜市南区方面で引き売りをして生計を立てていた。昭和25年ごろに、近隣農家が梨の苗を植えたことが、この地域の果樹栽培の始まり。47年には農家8戸で月一回集まり、果樹の栽培講習会を実施した。これを機に各農家が果樹へと切り替え、平戸地区の果樹園の総称を「平戸果樹の里」と呼ぶようになった。59年には畑のある市街化区域が逆線引きで市街化調整区域に。さらに2年後には平戸農業専用地区にも指定された。をブドウにしてスタートを切った。今横浜を代表する果樹「浜なし」「浜祖父の代までは野菜農家として、同園は管理する畑25㌃で梨、10㌃でこそ自宅の直売には客足が絶えないが、売れるまで平坦な道のりではなかったという。当初は販売先も無く、もぎ取り体験や引き売り先での試食で客を呼び込み、軌道に乗せた。岩崎さんは30代最後の年にUターン就農を決めた。1年間通った県立かながわ農業アカデミーでは、農業の師となる担当講師と実習先の先輩農家の2人と出会い、果樹栽培の重要な基盤を作った。〝梨は大玉、ブドウは大粒〟を追及し、毎年の生育状況は就農当時から栽培ノートに書き記す。今では見返しすぎて茶色に変色しているものもある。「貧しかった生活を豊かにしてくれた梨はうちの原点。守っていくために日々、技術を探究している」と歩みを進める。「学んできたことをすぐに実行したかった」と岩崎さん。本格的に就農果樹の里の始まり農園の発展に向けた挑戦戸塚区平戸町岩崎 淳一さん(51)栽培ノートが研さんの証し歴 史ある果 樹の里を守る農家濱 農浪 漫
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